スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

小学校での新しい生活にドキドキのAちゃん

今年3月に卒園したみかん1組の子どもたちが、時々、登戸園に訪れ成長ぶりを見せてくれます。
とても微笑ましくうれしい気持ちになります。
そんな中、ぶどうの保育の成果が感じられたうれしいエピソードがあります。

ぶどうの保育で大切にしている3本柱の中で、セカンドステップがあります。
今年も年長が6月より、セカンドステップを始めました。
セカンドステップとは、今年3月のお便りでも紹介した、5歳児を対象にアメリカで開発された教育プログラムで、たとえネガティブな感情でも、自分の気持ちと相手の気持ちを理解し受け入れることで、そこから問題の解決力を育み、そのうえでどのように感情をコントロールするかを身につけ深めていくプログラムです。
子どもたちはセカンドステップのレッスンを重ねることで、初めは自分の気持ちが言えなかった子も、手を挙げて発言ができるようになります。

今年3月に卒園したAちゃんのママからのお話で、もともとAちゃんは緊張するタイプで小学校での新しい生活にもドキドキしていました。
特に学童が嫌で泣きながらママの付き添いで登校。
クラスでは泣くことはなかったのですが、どこかドキドキしている様子だったそうです。
ある日、体格の良い男の子から理由もなく物をぶつけられたり、嫌なことを言われたりした時、毅然とAちゃんは、その男の子に対して、「何でそう思ったの?」「私はこう思ったの!あなたはどうしてそう思ったの?」と相手の目をしっかり見て、話をしていたそうです。
Aちゃんのその姿に学校の先生も感心し、ママにその様子を話してくれたそうです。
それを聞いたママは、「ぶどうでやっていたセカンドステップのおかげだ!」だと思ったそうです。
登戸園のスタッフにママが「先生、セカンドステップはすごい!」と話してくれました。

少し話が変わりますが、1年生の課外行事の際、他の子どもたちが疲れている中、登戸園の子どもたちは疲れることもなく元気だったと、登戸園に通って体力面も鍛えられたと保護者の方から言っていただきました。
ぶどうの保育のひとつひとつが、実となって子どもたちの成長に繋がっていることに喜びと自信につながるエピソードです。

子どもたちが育っていく上で何が大切なのか。
勉強やスポーツなど、もちろん、それも大切なことかもしれませんが、それだけで、人としての成長があるわけではありません。
生きていく中で悩み、葛藤することがあります。
課題や問題を乗り越えていくために、主体性とコミュニケーションと粘り強さが必要ではないででしょうか。
適切で効果的な問題解決の能力は、困難や障害を乗り越えることを容易にします。
また自らの人生の財産となり、柔軟でたくましい生きる力となるはずです。

リニューアルしたぶどうのホームページを見いただけているでしょうか。
代表である堀が冒頭に「シアワセな未来を創るひとを育てる」と書いています。
自ら希望を切り拓き、ひとと共生し、社会貢献する「ひと」として生きていけるよう、私たち保育者は子どもたちとかかわっていきたい。
いろいろな困難に直面した時、自分で問題解決できるように、人との共存の中で幸な人生を歩んでいけるよう、子育ての伴走者としてぶどうの保育はありたいと思っています。

登戸園も開園して5年目になりました。
卒園児一人ひとりが将来、ぶどうでの生活で培った心の強さや柔軟さで、社会に貢献できる「ひと」として成長し、登戸園に来てくれるようになってくれることが、私の大きな希望のひとつとなっています。
子育てに明確な答えはありません。
一人ひとりの親たちの子育てや働き方を支援しつつ、共に悩み考え子どもたちのためによりよい子育てをしていきたいと思っています。
                  ぶどうの実登戸園 園長
スポンサーサイト

『泣く』とは?

今月は「泣く」をテーマに考えてみたいと思います。
私は涙もろいのでよく泣きます。
本や映画やテレビをみても、人の話しを聞いて共感してはすぐ涙が出ます。
3月は卒園式や謝恩会など別れの季節なので、私の場合、おそらく1年を通して一番泣く月です。
なぜ泣くのか?お別れするのが悲しい、寂しいというだけではありません。
小さかった子どもたちが立派に成長して巣立っていく姿に、感動しうれしくて感慨無量という状態での「涙」です。
その他にも、「悔し泣き」「もらい泣き」「うれし泣き」など、感情はちがっても涙はさまざまなシーンで出るものです。

子どもの頃はそれを自然と当たり前のように「泣く」ことが出来ていました。
しかし、大人になるにつれ、それが出来なくなってきます。
誰かに対して気遣ったり「泣いたら迷惑」「泣いたら嫌がられる」「泣いたら馬鹿にされる」「泣いたら弱く見られる」など、自分を守ろうとするとき、泣きたくても我慢してこころの中に封じ込めてしまうことがあるかもしれません。

「涙――人はなぜ泣くのか」(石井清子訳 日本教文社1990年刊)の著者である、アメリカのウィリアム・H・フレイ博士は、1985年に涙の研究で注目されました。
博士の研究によると涙の種類は3つあるという。

(1)基礎分泌による涙
(2)刺激による涙
(3)感情による涙


そして基礎分泌による涙や刺激による涙と、感情による涙の成分には違いがあることを発表しました。
そして、タマネギを切ったときに出た涙と、映画に感動して出た涙を分析して、成分の違いを比較しました。
すると、映画に感動して出た涙、つまり感情による涙からは、ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)が検出されました。
このACTHは、ストレス反応として分泌されたホルモンなので、泣くことで体の外へ涙と一緒にストレスが出て行っているということになります。
これを検証するため東京女子医科大学では、涙を流す前と後での、血液中のストレスホルモンの測定すると、涙を流した後ではACTHが減少していたそうです。
感情の涙を流すと、ストレスが去りすっきりするというわけです。

4月、入園した子どもたちは、ママ、パパと「涙・涙」で離れます。
今は、すぐに立ち直って遊び始めますが、慣らし保育の時は、思い出しては泣き、また思い出しては泣きの連続でした。
「ママがいいよね~。そうだね、悲しいよね・・・」と子どもたちの泣きを、心のうちにある分離による不安な感情を訴える言葉として、根気よく気長に受け止め、抱き切ることで、子どもたちは私たち保育者の存在に安心しながら、愛着の関係が形成されることで笑顔を見せてくれるようになります。
ですから、子どもの「泣く」を肯定的に受け止め、様々な気持ちや感情を心に閉じ込めずに自由に表現できるようにしてやりたいと思っています。

今年度の保育のテーマは
「善く観る×善く聴く
        =共感と対話」


乳児期や幼児前期の0歳から2歳の子どもたちの言葉にできない、言葉にならない“涙”も丸ごと受け止めて共感したいと思います。
言葉でのやりとりができる3歳児以降の幼児についても、言葉の裏側になる気持ちを受け止めて、気持ちと気持ちの応答の関係をベースにした対話を重ねていきたいと思います。
そのためにも、子どもを肯定的に善く観ること・善く聴くことが大切になると思います。
当然、保護者の皆さんとも共感と対話を通して、信頼関係を築いていきたいと願っています。
ストレスは脳にもよくありませんよ。
涙を流すことは、脳の老化予防にもなるのです。
だから、うれしいときも悲しいときも、泣きたいときに泣くのは、若々しくいきいきと生きていく秘訣かもしれません。
疲れたなぁ、精神的にきついなぁと感じたら、感動する映画を観たり本を読んだりして、おおいに泣きましょう!
そして、ひとと「共感と対話」する一年していきましょう!
                   ぶどママ先生より

テーマ : 保育園
ジャンル : 育児

セカンドステップ

5歳児の担任より、最近子ども同士が遊んでいて、特定の子どもが仲間に入れてもらえなかったり、集団遊びから排除されてしまうことが見られるが、どのように介入してよいか悩んでいると報告と相談がありました。

大人が裁判官になって課題やトラブルなっている人間関係の仲裁に入り白黒つけるのではなく、自分の気持ちと相手の気持ちに気づきながら想いを伝え合い、うわべだけでない親密な人間関係を築ける人になってほしい。そんな想いを担任とも共有しながら、対応策について話し合いました。
対応策の方法として、私と担任とで遊びに入れてもらえない場面を、子どもたちに再現して見せながら、子どもたちと話し合いをすることにしました。
最初の子どもたちの反応としては「そんなことしたら悲しい気持ちになるよ」
「かわいそう・・・」
「いじわるしちゃいけない!」と口を揃えるように言い出しました。
そんな中で、Kくんが「ぼくだけ遊びの中に入れてもらえない」と発言したのです。
そこで、自分だけ遊びに入れてもらえないという気持ちをみんながシェアするために、子どもたちがみずからロールプレイをすることにしました。
再現場面を客観的に見て感じる以上に、当事者として再現することで子どもたちは自分事として実感できたと思います。なぜなら、最初の勢いとは異なり、自分はどうだったかなとそれぞれが自分に問いかけているようなそんな静かな時間が流れたからです。
そんな中で強がりなのか気持ちの防衛なのか「ぼくはそんなことされたって、全然平気だよ!」という子もいました。
一方で、Yくんが「ぼく、悪いと思っても怖くて言えないんだ」とポツリと言い出したのです。
私は、子どもとのこうしたやり取りの中で、ヒトの感情や人間関係の本質について気づかされることが多くあります。
本音でぶつかり合える、気持ちを分かり合える、そんな人間関係を誰もが求めていながら、現実の大人社会でも意見や価値観の違いがあるときに、率直に向き合い対話をすることは意外と難しいことです。
特に発言力の強い人に意見を言うのは簡単なことではありません。本当の気持ちを率直に伝えることができずにモヤモヤして葛藤し悩み、やっとのことで勇気を振り絞って意見を言うことは、大人である私たちにも難しいものです。
ぶどうの実では5歳児を対象に“セカンドステップ”というアメリカで開発された教育プログラムに取り組んでいます。たとえネガティブな感情でも、自分の気持ちと相手の気持ちを理解し受け入れることで、そこから問題の解決力を育み、そのうえでどのように感情をコントロールするかを身につけていきます。
ロールプレイをすることで、言葉だけでは得られない気づきを通して、より理解が深まります。
子どもたちは、セカンドステップのレッスンが大好きで、初めは気持ちが言えなかった子も手を挙げて発言できるようになってきました。

上記のやりとりから数日経っていますが、特定の子が排除されたりしている様子はないようです。
ケンカや言い争いは相変わらずですが・・・(苦笑)
自他肯定のよりよい人間関係を築くための能力の土台を、さまざまなかかわり合いを通して学び育って欲しいと願っています。

いよいよ5歳児の子どもたちは、さまざま思い出を胸に卒園式を終え、小学校という新たなステージに旅立ちます。
新しい人間関係の中で、ありのままの自分を表現し、気の合った友だちを作っていくことでしょう。
時には思い通りにいかなかったり、悲しかったり、くやしかったりすることもあるかもしれません。
そんなときにこそ、こころに刻み込みこんだセカンドステップを活かして友人たちと対話しながら、ときに思いをぶつけあい、分かり合おうとする仲間づくりの物語を紡いでいって欲しいと願っています。
そして、どんなにくじけそうになっても自分で問題解決できる力があるということ、支えてくれる人がいるということを忘れないでほしいと思っています。
                   ぶどママ先生より

チャリティーウォークを通して子どもたちを世界へ

6年前から久地園の年長児がチャリティーウォークを通して集めた資金で、チャイルドファンドというNPO法人を通して、フィリピンのスポンサーチャイルドを支援しています。
里子であるアナリン・カボスちゃんは、今はハイスクールの一年生(日本では小学校6年生)の成績優秀な女の子です。
今回、初めてフィリピンでのチャイルドファンドの支援活動の紹介やカボスちゃんの貧しく厳しい生活の現状や先日の台風の被災の状況などについて、子どもたちに直接語ってもらうことになりました。そこで、事務局長である小林毅さんが、昨年の12月26日に久地園に来てくれました。
学童や久地園の年長児のほかに、登戸園と鷺沼園からも年長児が参加しました。

小林さんから、地球で暮らす72億人のうち、1日110円より少ないお金で生活している人が14億人、きれいな水を飲めない人が11億人、読み書きができない大人が7億人、学校にいけない子どもたちが1億人いると、世界には貧しく不便で学ぶことができない多くの大人や子供たちが支援を必要としていることを、やさしい語り口でわかりやすく語ってくれました。
アナリン・カボスちゃんの家庭には電気が来ているが、水道やガスはなく6畳ほどの広さに5人で暮らしていると報告してくれました。
お父さんはおもちゃの貯金箱を仕入れて売っているが、収入はわずかで子どもの教育費や給食費を出すことができないそうです。
ぶどうの実のみなさんからの支援金4000円/月は、こうした教育費や給食費、地域支援に活用されていると説明されました。
そのほかにも萱の屋根の小屋をよく観察すると全く壁がない粗末な建物がひと家族の住居であったり、川にせり出すように他人の家の壁を借用して粗末な家を造って住んでいる様子などから、フィリピンを襲った台風30号の被害の惨状などをスライドで紹介してくれました。

子どもたちからも質問があったりして1時間半ほどの説明会は盛り上がりました。
学童はともかく、保育園児にとって、本当の意味でどこまで理解できたのかなぁとは思います。
今後の保育のなかで実際に6畳という空間だけで、5人家族が衣食住を想定して遊びの中で疑似的に暮らし体験をしてみるなど、イメージを膨らませて貧しく厳しい生活環境にいる子どもや人々がいることを少しでも理解するきっかけになってくれることを願っています。
鷺沼園の子どもたちも久地園のチャリティーウォークに参加しようと思っています。
登戸園でも独自にチャリティーウォークを企画してみたいというスタッフの声があることをうれしく思っています。
家族の収入が少なすぎて学校にも行けず、子どもたちが廃棄されたゴミの山をあさったり、路上でたばこをバラで売ったりして働いたりしている現実に触れることを通して、日本の便利で安全な恵まれた生活を享受して、当たり前に学校や保育園に通えること、当たり前に食事ができることが、どれほど恵まれたありがたいことかという事実を少しでも知って学ぶ機会になってくれればと思います。
そして、ぜひ将来、社会に貢献するひとに育ってほしいと願っています。

実は、私と小林さんは古い友人で数十年ぶりの再会でした。
私が児童養護施設で働いていたころにチャイルドファンドの主催するフィリピンでのワークキャンプに参加する機会があり、そこで出会った仲間とカラバオ(タガログ語で水牛という意味)というボランティアグループをつくりました。
その縁で、私もジョー君という里子を大学まで支援してきました。
その後もフィリピンへの支援や交流を重ねてきた経験があります。
当時、小林さんは日本の大学を卒業して、チャイルドファンドとのつながりでフィリピン大学に留学していました。
懐かしい思い出ですが、その旅立ちと私がプライベートでフィリピンに渡る飛行機が偶然同じだったのです。

こうした出会いや経験が、いまの私の人生観や世界観をつくるうえで大きな意味のある経験になっています。
当時、NHKのラジオ番組でフィリピンでの支援活動に関してインタビューを受ける機会がありました。
その中で、私は日本の子どもたちがこうした世界の現状を理解し共感して支援しようと実践していけるようになったら素
晴らしいことだと、インタビューで語っていたことを思い出しました。
そんな願いがひとつひとつ実現して、子どもたち自身の貢献活動に広がっていくことがうれしくてなりません。
私は近い将来、ぶどうの実の子どもたちが、直接、世界の現状に触れ交流できるワークキャンプを実現したいと願っています。
こうしてグローバルに子どもたちの経験を広げられたら、すてきだなぁと今年の年頭に当たっての私の初夢です。
                                                 ぶどパパ先生より 

テーマ : ぶどうスタイル
ジャンル : 育児

成長の根、希望の種を育むこと

先日、NHKのニュース番組で興味深いデータが紹介されていました。

それは、採用する会社と就職希望の学生の意識のずれを紹介するものでした。
就職を希望する大学生は、語学力・専門知識・簿記があれば評価されると思っているが、企業が就職する学生に高く期待する上位3点は、主体性・コミュニケーション・粘り強さという内容だったのです。

私は子育てを考えていくうえでも、大変示唆に富むものに思えました。つまり企業が求めているのは、その“ひと”そのものとしての人物が持っている資質を採用したい人材の基礎とみているのに対して、就職を希望する学生の側は、自分自身という“ひと”ではなく、自分の外側に学んで身についておけばよい知識や能力に焦点が当たっている点です。

私が園長をしている鷺沼園では認可保育園への入園を希望するために、多くの園見学を受け入れています。
ぶどうの実が大事にしたい保育の理念や考え方などを説明させていただくのですが、その時に、サッカーとか英会話とか水泳とか「習い事」をしてもらえますか、あるいは通わせてもらえますかという要望のような質問を結構受けることがあります。

私はその都度、ぶどうの実の保育に組み込む考えはありませんと、明確に答えさせてもらいます。
なぜなら、わたしたちが保育をしている乳幼児期の子どもたちが、20年、30年後に自ら希望を切り拓き、ひとと共生し、社会に貢献する“ひと”に成ってほしいと願うからこそ、いま目の前にいる子どもたちの成長の根、希望の種を育んでいくことが大切だと考えているからですと話しています。

自ら育つ根っこや、自分の未来を信じて希望や夢を描き育んでいくことは、具体的に見える成果や結果ではなく、地面のなかにあって、その多くはすぐには見えないものです。
見えない育つ力、生きる力といっていいかもしれません。
しかし、根や種から芽が出て大きな実りにつながるためには、豊かな土壌が必要です。
水といううるおいや太陽の光のような温もりも大事です。

私は3つの環境を大事にしていると見学の方に話します。
一つ目は、特に乳児期は、しっかりとした根を張り、芽をだす営みを根気よく気長に世話をして見守る“ひと“が必要です。
3歳児以降には、さらに育ち合う仲間との共同的な学びや遊びや生活も必要になります。
二つ目にジブンデ自分のことができるようになり、自分で選んで遊びこむためのデザインされた保育環境です。
そして三つ目に、子どもが”ひと“に成ることを支え続ける一生ものの経験という環境です。

私は子どもの習い事を、頭から否定するつもりはありません。
しかし、もし親が、目先の具体的に見えるものとして習い事をさせていれば、将来に安易に役に立つはずと考えているなら、さらに親自身の不満や心配や不安などを投影して、子どもにはさせておきたいと考えるなら、それは自分ができなかったからこどもにはさせてやりたいという転移という心の働きがあることもあります。
それは時には、子どもにとって迷惑なこともあるのです。

私はひとの“しあわせ”とはなんだろうかと考えることがあります。私は、リニューアルしたぶどうの木のホームページの冒頭に「シアワセな未来を創るひとを育てる」と書きました。
ひとの人生とは、予定どおりに物事が進んでいるときもあれば、思ってもみなかったことが起こり、そのなかで悩み揺らぎ葛藤することもありながら、何とかやりくりしつつ営んでいくものだと思っています。
そんな人生を前向きに楽しんで面白く生きることができるためには、課題や問題をしなやかに乗り越えていく軸になる主体性が問われます。
また、鋭い牙を持った獣に比べたら弱い生き物であった人間が地球上にこれほど繁栄できたのも、集団をつくる力があったからでしょう。
しかし集団生活というのは、そもそも思いどおりにはならないものです。ここでは、コミュニケーション力が必要となります。
そして粘り強く自分の夢や希望を実現できるまでやり続ける粘り強さも必要です。
だからこそ、ぶどうの実は、そんな成長の根、希望の種を育むことにこだわっていきたいのです。
                     ぶどパパ先生より
 

テーマ : 保育園
ジャンル : 育児

プロフィール

ぶどパパ&ぶどママ

Author:ぶどパパ&ぶどママ
平成13年にぶどうの木を設立してから、私夫婦が保護者向けの園だよりに毎月掲載してきたものを、ブログで公開しているものです。
内容は、私たちが関わってきた児童養護施設や保育園、学習塾や様々な子育て応援を通して、子ども子育てを中心にその実践を踏まえた思いや願いなどを綴ってきたものです。
私たちの子ども子育ての実践を「ぶどうスタイル子育て」として確立して行きたいと同時に、広く紹介して少しでも子育てに悩んでいる親へのヒントや支えにしていただければと思っています。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。