スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

こころはればれ ~踏み出す一歩~ 後編

<自分を勇気づけるもの>
親元を離れてのはじめての3泊4日のキャンプ生活。子どもたちが自分を勇気づけられるように毎年出発までに「ゆうき・やるき・げんき」の気持ち(園ではそれをゆうやげの心と呼び、3・4・5歳児になるとさまざまなプログラムを通して大切に育んでいっている)を込めたミサンガを編んでいる。子どもたちにとってキャンプ中もその後も大切なお守りとなっている。そして例年テーマソングを決め、キャンプ中いつでも口ずさみながら自分を勇気づけたり、励ましたりできるようにしている。今年は「こころはればれ」という曲を選曲した。これはY子へ届けたい曲でもあった。
下仁田キャンプがはじまってからもY子はみんなから離れて歩くなど、みんなの気をひこうとする姿が見られた。断られることを気にして友達に自分から「いっしょにいこう」と声をかけられずにいる様子も伝わってきた。はじめは大人が気にかけてY子の傍へかけよることもあった。大人が傍に近づき、寄り添うと機嫌を取り戻すが、友達の中に入ると自分に向けられるちょっとした言葉がけが気になり、曇った表情を見せることもあった。「ちょっとしたこと気にしていたら楽しくなくなるよ。すぐしょんぼりしないで、思ったこと伝えてみよう」と伝えるが、Y子の表情は冴えることはなかった。そして、ずっと後ろの方をいじけるように歩くことが続いた。大人の間ではそんなY子の態度には目を向けずに、Y子が自分で決めて来るまで待とうと話し合った。

2日目、下郷鍾乳洞を目指すべく、山登りに出かけた。自然の山を登ること自体が初めての子もいた。途中に倒木があって道を塞いでいたり、ロープを伝って崖を登ったり、道なき道を行く山登りは子どもたちにとって大きなチャレンジだった。登り始めてしばらくの間、泣きながら前に進む子もいた。泣いても、弱音を吐いても、自分の足で一歩一歩着実に登っていく子どもたちの姿があった。時々、「こころはればれ」を口ずさんだり、自分の腕についているミサンガに目をやって「ゆうき、やるき、げんき!」と声に出したりしながら登る姿も見られた。鍾乳洞はロープを伝って10メートルほど急な斜面を上がりきったところにある。一番の難関であったが、その頃には弱音を吐く子の姿はなかった。
全員で鍾乳洞内部の探検を終え、順次がけ下に降りことになった。トイレを我慢していた様子のY子はみんなに先を行かれて、結局、最後に降りることになり、その場に一人でいじけていた。そして、しばらく降りてこようとしなかった。中間地点で待っていると先に下に降りたM子とI子が座りながら「こころはればれ」を口ずさんでいた。はじめは2人で歌っていたが、I子が「Y子がんばれ~」と声をかけた。そして、いつしかその歌はY子に向けられていた。歌声はY子にもちゃんと届いているようだった。ゆっくりではあるが一歩ずつ踏み出して降りてくるYの姿があった。「おりてこられたね」と声をかけるとY子の表情はどこかはればれとしていた。今となってはY子の感じていた疎外感は、このときどこかへ吹き飛んでいったのではないかと感じる。

<川に飛びこまないと決めたT男>
 川遊びの中で、小高い岩から川に飛び込むことも下仁田キャンプならではのチャレンジのひとつになっている。出発前にT男は「かわにいちばんにとび込むぞ」と目標を口にしていた。そしてはりきって川遊びに出かけたが、川に飛び込む場所に着いて、飛ぶ場所を確認したT男はすぐに「おれやっぱとぶのやめた~」と岩の上に立つこともなく、あっさり諦めてしまった。「え~、一番にとびこむって言ってたのに~」と言いながら、そんなT男をよそに他の子は岩の上に立ってチャレンジをはじめた。T男は下でその姿を見ていた。出発前にT男に一番を譲ったI子は楽しくなって、何度も何度も飛び込んでいた。そんなI子の姿を見てT男は「I子すごいね!よくこわくないね」と素直に声をかけ、認めていた。夜になって子どもたちと振り返りをすると、川に飛び込まなかったT男の話題になった。「T男とばなかったね」とみんなからからかわれていた。それに釣られてY子も「1番に飛ぶって言ってたのにとばなかったんだよね」とからかった。それでもT男は全然悪びれることなく、「うるさいな~!こわいし、おれはとばないってきめたからいいんだよ!」と言い返していた。この時、飛び込まないと決めた自分もしっかり受け入れているT男の芯の強さを感じた。そして、その姿はY子の目にもしっかり映っていたのだろう。

<踏み出した一歩>
 3日目の夕方、下仁田キャンプ最後の川遊びに出かけた。はじめはみんなと一緒に前に進んでいたY子は川の流れに押されて、みんなについていけず、気がつくと一番後ろの方になっていた。そのとき、曇った表情のY子が頭に浮かんだ。でもすぐに吹き飛ぶ結果となった。「Y子大丈夫かー?」と声をかけ、Y子の方へ踏み出そうとしたとき、「せんせい!こなくても大丈夫だよ!」と笑いながら答えるY子がいた。
そして、少し前にいたO子に「いっしょにいこう!」と声をかけ、手を繋いで川の中を歩いてくる二人の姿があった。それはこのキャンプを通してY子が自分を受け入れ、一歩を踏み出したと感じる瞬間でもあった。
一番後ろになっても気にしなかったY子の姿に川に飛び込まないと決めた自分をありのまま受け入れていたT男の姿が重なって見えた。

 3泊4日のキャンプ生活を通して、子どもたちはいろいろな自分の気持ちと向き合ったと思う。そして普段の生活では見せることのない友達の姿にも気がついたと思う。キャンプという体験を子どもたちに与えることはできるが、そこで起こる様々な出来事や壁にぶつかったとき、自分の気持ちと向き合い、葛藤し、それをどう乗り越えていくかは子どもたち自身が決めていくことであるとも感じた。Y子は本来の可能性のある能力や資質を活かせずに、わざと仲間に迷惑な行為をしてみたり、泣いて周囲にどうにかしてほしいと関心を引こうする雨雲のような屈折した感情、そんな自分のなかにある感情と向き合うことで成長への一歩を踏み出すきっかけを掴むことができたのではないかと思う。同時に、そこにはいつも、自分と向き合うために刺激を与えてくれる友達の存在、その姿を見守る大人の存在があることの大切さにも改めて気づかされた。一人ひとりの子どもたちが自分の中の雨雲を吹き飛ばす術を獲得し、そんな葛藤や困難を乗り越えながら、心がはればれと健やかに成長していく。そんな育つ・育ちあうことをこれからの生活の中でも展開されていくことを願っている。
雨雲を吹き飛ばすための踏み出す一歩、明日はきっと、こころはればれ!

川崎認定保育園ぶどうの実久地園  みかんくみ担任より

こころはればれ ~踏み出す一歩~ 前編

「またY子がこないよ~」
みかん1組(年長組)が7月に群馬県の下仁田町で3泊4日の田舎暮らしを体験する下仁田キャンプが間近にせまった頃のことである。キャンプについての話し合いをするためのサークルタイムの時間になると、Y子はいつも最後に来て、なかなか座ろうとしない。そんなY子が席につくまでみんなが待つ日が続いていた。
今年のみかん1組は7名。子どもたちにとって、親元を離れての3泊4日の体験はそれだけでも大きなチャレンジである。さらにチャレンジな川遊びや山登りなどの自然体験も加わる。日常は3・4・5歳の異年齢保育を取り入れているため、例年、「かわからとびこむんだよ」、「やまのぼりきついよ~」と下仁田キャンプから帰ってきたみかん1組の子どもたちから年下の子へと体験談が語られる。そのため、みかん1組になったらできることとして、下仁田キャンプに対する子どもたちの憧れも強く、楽しみにしている子も多い。その反面、キャンプが近づくに連れて、期待と不安を口にする子の姿も増えてくる。はじめ、Y子もそんな気持ちの表れで、キャンプに行くことに不安を感じているのではないかと思っていたのだが、それがみかん1組だけで行うサークルタイムの時だけであることに疑問を感じていた。
いつもサークルタイムの時間以外でキャンプの話をするときは、「キャンプたのしみ!はやくいきたいな~!」と口にするY子の姿があった。しかし、サークルタイムが始まると一転して、「キャンプ行きたくない」、「ママと離れたくないよ~!」と泣き出すこともあった。

そこで、Y子の普段の様子を振り返ってみると、同じ1組の友達との関係に不安を感じているのではないかということに気がついた。
「O子とあそぶやくそくしたのにあそんでくれない」と言いにくることや「I子につよくいわれてやだった」と泣くこともあった。「その気持ちを相手に伝えたの?」と聞くと、「いってもきいてくれないもん!」と相手に伝える前から相手の反応を自分の中で決めているように見えた。また、相手の自分に対する言動を否定的に捉えてしまうあまり、Y子は周囲の子との間に疎外感を感じているように思えた。そのため、サークルタイムのときはそのことが残っていて、気持ちとは反対のことを言ったり、悲観的な言葉を口にしたりすることでみんなの気を引こうとしているのではないかと思った。
 そんなY子の態度に、I子も「もうY子がこないせいではじめられないのやだ~」と言うようになっていた。キャンプが近づくに連れて、こんな状態のまま出発を迎えていいのだろうかと自分自身、不安な気持ちになっていた。Yちゃんに変わって、みんなにY子が思っていることを伝えたこともあったが、それでは何も変わらない気がした。そこで、Y子が自分で座りにくるまでは、いじけたり、悲観的になったりするY子の行動には目を向けず、揃わなくてもサークルタイムをはじめることにした。Y子が自分で参加するかしないかを決めてほしいと思った。そして、周囲の気を引こうとするのではなく、どちらに決めたとしても、決めた自分の気持ちを受けいれていってほしいという願いもあった。
キャンプ前の最後のサークルタイムでは少し照れながらもみんなと一緒に座るY子の姿があった。それでも話し合いの中の自分に対するちょっとした言動がひっかかり、「やっぱりキャンプいきたくない」といじける姿もあった。まだY子をはじめ、キャンプに対する子どもたちの気持ちをつくれたとはとても思えなかった。

後編へつづく

和でチームが「つながるコミュニケーション」

若田光一さんは宇宙飛行士として日本人初となるISS船長という大役を任され、国際宇宙ステーション(ISS)で188日間という長期滞在クルーとして活躍しました。
そんな若田氏が、小学生・中学生を中心とした子どもたちを前に、トークイベントで語っていたことを紹介したいと思います。

『チームワーク=チームの和(ハーモニー)が大切だということを改めて表現したくて、ミッションパッチに「和」という言葉を掲げました。とはいえ、いつもみんなが仲良くできるわけではなくて、何か問題が起きそうなときなどにはみんなが意見をぶつけ合って、議論になります。
しかし、そんなときでも議論を通じて自分の考えをしっかりと相手に伝え、相手が言いたいことをきちんと汲み取ってあげる。
そういうコミュニケーションをしっかりと行うことによって、議論のあとにはお互いの信頼関係がより強くなるのです。
「和」は、私だけでなく日本人が今までずっと大切にしてきた気持ち、世界中の人たちがその価値の大切さに共感してくれる言葉ではないでしょうか。
リーダーは"仲間が何を思っているか"ということに心を配り、リーダーでない人は"もしも自分がリーダーになったらどうするか"をイメージしながら、リーダーを助けようと努力する。
そのようなお互いに相手を思いやる気持ちがチームとしての結束を固いものにするのではないでしょうか。
例えば、集団生活の中で何かをしようとしたときに、仲間の中に何か「こんなことがしたい」というような希望があれば、その希望を叶えてあげようと努力をしようとする。
その気持ちが相手に伝わることで、自分と相手の間に信頼関係が生まれるのではないかと思うのです。
様々な国、様々な背景、様々な価値観を持った人たちが集まり仕事をしているISSの中で起きていることと、私たちの日常で起きていることは、実は同じです。
仲間を大切にする、相手を思いやる「和」の気持ちは、これからの社会でとても大切になってくるのではないかと思います。
こういう言葉を持っている日本語ってとても美しい。
一文字でコミュニケーションの大切さを表現している「和」という言葉は、本当に素晴らしいものだと思います。』(フェイスブックの記事より要約転載)


先日、ぶどうの木の13回目の誕生日を祝って「ぶどう祭」というイベントをしました。
今回のテーマは「つながるコミュニケーション」でした。
ぶどうの木の子ども子育て事業のスタートが久地園だったので、例年既存園4園のスタッフと保護者と子どもたち、関係者の皆さんが久地園に集まってお祭りをします。
3歳から5歳の子どもたちがカフェを運営してサンドイッチでランチを作り、学童の子どもたちは子ども自身が企画運営して10店舗のブースを出店しました。
久地園にはフィリピンのアナリンという女の子の里子がいます。
その子の年間の教育資金として48000円の支援金を送っています。
今回の収益金はその支援に使われます。
ちなみにカフェだけで37000円の利益を得ました。
後半では、各園のスタッフと保護者の有志による昔話の芝居やマジックショー、奇抜なダンス、素敵な演奏会などを行い、ともかくも大盛況のうちににぎやかな楽しい集いになりました。
今回のイベントの全体の実行委員長は、私から、人に厳しく自分に甘いと注意を受けてきた6年目のスタッフでした。
しかし、とても見事に大役を果たしてくれました。
私は感動して「本当に頑張ってくれたね」とねぎらいの言葉をかけました。
するとまわりにいた先輩のスタッフが自分事のように私たちもうれしいですと一緒に泣いてくれました。

テーマである「コミュニケーション」は大切であることは誰もがわかっていることですが、それを実践するのは、容易なことではありません。
お互いが相手の意見と真摯に向き合い、相手の気持ちに寄り添うことで信頼関係を築いていく・・・そんなことは当たり前だと思う一方で、日常生活や職場環境ではつい忘れてしまいがちではないでしょうか。
相手に一方的な意見を押し付けたり、相手の気持ちを考えずに配慮のない言動をしてしまったり、自覚がないまま相手のことを傷つけてしまったりということは、私たちの社会生活の様々なシーンで起きてしまいます。

ぶどう祭の涙ナミダの感動の舞台裏にも、若田さんが世界に提唱した「和」でチームがつながっていたのだとうれしい一コマでした。
保護者の皆さんとも「ただいま」「おかえりなさい。お疲れ様でした」と毎日交わす挨拶やたあいもない会話から、さらに、ひととひとが濃く、熱く、深く、あったかく、コミュニケーションでつながり続けられるようなぶどうの実でありたいと改めて願っています。      

ぶどママ先生より

小学校での新しい生活にドキドキのAちゃん

今年3月に卒園したみかん1組の子どもたちが、時々、登戸園に訪れ成長ぶりを見せてくれます。
とても微笑ましくうれしい気持ちになります。
そんな中、ぶどうの保育の成果が感じられたうれしいエピソードがあります。

ぶどうの保育で大切にしている3本柱の中で、セカンドステップがあります。
今年も年長が6月より、セカンドステップを始めました。
セカンドステップとは、今年3月のお便りでも紹介した、5歳児を対象にアメリカで開発された教育プログラムで、たとえネガティブな感情でも、自分の気持ちと相手の気持ちを理解し受け入れることで、そこから問題の解決力を育み、そのうえでどのように感情をコントロールするかを身につけ深めていくプログラムです。
子どもたちはセカンドステップのレッスンを重ねることで、初めは自分の気持ちが言えなかった子も、手を挙げて発言ができるようになります。

今年3月に卒園したAちゃんのママからのお話で、もともとAちゃんは緊張するタイプで小学校での新しい生活にもドキドキしていました。
特に学童が嫌で泣きながらママの付き添いで登校。
クラスでは泣くことはなかったのですが、どこかドキドキしている様子だったそうです。
ある日、体格の良い男の子から理由もなく物をぶつけられたり、嫌なことを言われたりした時、毅然とAちゃんは、その男の子に対して、「何でそう思ったの?」「私はこう思ったの!あなたはどうしてそう思ったの?」と相手の目をしっかり見て、話をしていたそうです。
Aちゃんのその姿に学校の先生も感心し、ママにその様子を話してくれたそうです。
それを聞いたママは、「ぶどうでやっていたセカンドステップのおかげだ!」だと思ったそうです。
登戸園のスタッフにママが「先生、セカンドステップはすごい!」と話してくれました。

少し話が変わりますが、1年生の課外行事の際、他の子どもたちが疲れている中、登戸園の子どもたちは疲れることもなく元気だったと、登戸園に通って体力面も鍛えられたと保護者の方から言っていただきました。
ぶどうの保育のひとつひとつが、実となって子どもたちの成長に繋がっていることに喜びと自信につながるエピソードです。

子どもたちが育っていく上で何が大切なのか。
勉強やスポーツなど、もちろん、それも大切なことかもしれませんが、それだけで、人としての成長があるわけではありません。
生きていく中で悩み、葛藤することがあります。
課題や問題を乗り越えていくために、主体性とコミュニケーションと粘り強さが必要ではないででしょうか。
適切で効果的な問題解決の能力は、困難や障害を乗り越えることを容易にします。
また自らの人生の財産となり、柔軟でたくましい生きる力となるはずです。

リニューアルしたぶどうのホームページを見いただけているでしょうか。
代表である堀が冒頭に「シアワセな未来を創るひとを育てる」と書いています。
自ら希望を切り拓き、ひとと共生し、社会貢献する「ひと」として生きていけるよう、私たち保育者は子どもたちとかかわっていきたい。
いろいろな困難に直面した時、自分で問題解決できるように、人との共存の中で幸な人生を歩んでいけるよう、子育ての伴走者としてぶどうの保育はありたいと思っています。

登戸園も開園して5年目になりました。
卒園児一人ひとりが将来、ぶどうでの生活で培った心の強さや柔軟さで、社会に貢献できる「ひと」として成長し、登戸園に来てくれるようになってくれることが、私の大きな希望のひとつとなっています。
子育てに明確な答えはありません。
一人ひとりの親たちの子育てや働き方を支援しつつ、共に悩み考え子どもたちのためによりよい子育てをしていきたいと思っています。
                  ぶどうの実登戸園 園長

子どもたちを取り巻く環境

「私たちは、子育て支援がしたくて保育園をやっているんです。」これは、先月の新規スタッフ面接の時にママ先生が言った言葉です。
何度も聴いたし私も同じ気持ちでいましたが、何故かこの時この言葉がグッと心に入ってきました。
子どもたちを取り巻く環境は、昔と今とではずいぶん変わりました。

昔、農作業が中心だった頃、子どもたちはその周りで遊び、自分より小さい子や大きい子に囲まれて生活していました。
ガキ大将や世話好きなお姉ちゃんがいたり、みそっかすやおまめになっても一生懸命ついていったり、いじめたりいじめられたり、ケンカしたり一緒にいたずらしたり(笑)
子ども社会の中で切磋琢磨しながら色々なことを学んでいました。
雷親父や、怖いおじいちゃん、やさしいおばあちゃんや口うるさいお母さん、近所のおじさんやおばさんにも、怒られたりお世話になったりと子どもの周りには様々な大人がいました。
親も、近所のおばちゃんやおばあちゃんなども含め大家族の中で子育ての仕方を学んだり、色々な意見を聴く機会も多くありました。
今はそんな環境が少なくなり、母と子どもと一対一で行き詰ったりネットの育児情報に振り回されたりと子育てがしづらくなっています。

先週参加した保育講座でチベットの子育てについて話を聴く機会がありました。
0歳~1歳児は、働く母の背中やカゴの中などで生活します。
そして2歳~3歳児は「ブラブラ期」なんだそうです。
「ブラブラ」とは家の周りで思い思いに遊び、トイレに行きたくなったらその辺で、お腹が空いたら近くの家におじゃまして食べ、遅くなったらそのままよその家に泊まる事もあるそうです。
4歳児以降は働き手として大人の中で生活します。
日本ではそこまで出来ませんが、2.3歳児の本来の姿ってこんな感じでいいのかな~と思いました。
家庭保育でも、外との関わりが多くある家庭とそうでない家庭があります。
保育園に通っている家庭は、小さいうちから大人社会のルールの中で生活することが多くなります。
どちらがいいということではありませんが、どちらにしても今の子育てには周りのサポートが必要なのです。
親の子育て能力が落ちたからではなく、今の子育て社会がそうなっているのです。

「ぶどうの実はその一粒ひとつぶが、かけがえのない子どもたちであり、時には、育児に悩んだり、不安になったりする親たちです。
そんなぶどうの実がつらなるぶどうの房は、家族のようなひととひととのつながり合いをイメージしています。
私たち「ぶどうの木」はぶどうの実が房となり、たわわに連なる房を、地域という大地にしっかりと根を張って支えていく存在でありたいと願っています。」
これは、ぶどうの木のHPの一部です。ぶどうの木が子育てのコミュニティーの場になり、ひととひととの繋がり合いを大切に共に育ち合っていきたいと思っています。
そして、「おもしろくなきゃぶどうじゃない!だけじゃものたりない!!」もぶどうの大切なキーワードです☆
「楽しく」「面白く」はもちろんのこと、シアワセな未来を創る“ひと”を育てるために、地域に根を張って貢献していきます。
そこから、子どもたちは希望を見い出し、やがて自ら希望を切り拓き、ひとと共生し、社会に貢献する“ひと”に成長していくのだと思います。
ママ先生の言葉がいつになくグッと心に入ってきたのは、もしかしたら日々の忙しさの中で本来の保育のあり方を忘れそうになっていたのかな・・・とも感じました。
私も含め、大人も子どもと同じように、共に育ちあう“ひと”です。
子どもを真ん中に、つながり合って、大人も子ども一緒に楽しく面白がりながら、シアワセな未来に希望を持っていきたいと思います!
(リニューアルしたぶどうの木のHPを是非ご覧ください)
                          
               ぶどうの実平間園 園長より
プロフィール

ぶどパパ&ぶどママ

Author:ぶどパパ&ぶどママ
平成13年にぶどうの木を設立してから、私夫婦が保護者向けの園だよりに毎月掲載してきたものを、ブログで公開しているものです。
内容は、私たちが関わってきた児童養護施設や保育園、学習塾や様々な子育て応援を通して、子ども子育てを中心にその実践を踏まえた思いや願いなどを綴ってきたものです。
私たちの子ども子育ての実践を「ぶどうスタイル子育て」として確立して行きたいと同時に、広く紹介して少しでも子育てに悩んでいる親へのヒントや支えにしていただければと思っています。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。